闇に降る雨

しとしとという単調な雨の音がため息だけを消耗させ、銀時の着物の袖を湿らせてゆく。昼過ぎからは弱い雨が降るでしょう。傘をお忘れなく。天気予報が予告したとおりの空の下で、銀時はただ雨が止むことだけを待っていた。なんで俺は傘を持ってないんだろう。濡れた髪が張り付いた頭で考える。それは俺の家に雨傘がないからである。なんで誰も買わねえんだろう。それは俺の家に金がないからである。なんで俺の家には金がねえんだろう。雨よりも暖かい水滴が頬を伝いそうな気がして、それ以上は考えないことにした。とりあえず、次は傘を買わねばならんな。

「一丁濡れるか」

水滴を振り切って走り出すと、生温い雨粒が銀時の顔を襲った。ただでさえ最近狭くなった江戸の空を余計に狭くする様に、低く垂れ籠めた暗雲。そこから落ちてくる水滴はおもいのほか冷たく、銀時の歩く速度を幾分速めさせた。とりあえず今は濡れても良い。ウチに帰ったらひとっ風呂浴びりゃあ良いさ、と水たまりの上を飛び越えたところで、一人の男とぶつかった。うちにはひっくり返ったって無い様な上等の傘をさした男だ。恨めしいこと限りない。

「おい」
「ああ土方君。ごぶさたしてます」

おもわずぺこりと頭を下げた銀時の束になった毛先から、水滴がぽたぽたと落ちた。いつもは好き勝手な方向に向かって銀色に光る髪が、今日ばかりは重力に縛り付けられた鼠色にくすんでいる。
「一昨日合ったとこだろ」
傘を銀時に向けてぐいっと差し出しながら、土方が無表情で言う。「ああ、そうだっけ」上体を起こした銀時の後頭部に、土方の差し出した傘の骨がこつ、とあたった。落ち着き払った彼の表情は通常と変わりなく憮然としていて、愛想のかけらもない。差し出された傘だけが異次元に浮いている様な光景を見て、どうしたのと銀時が問いかけると、土方は「悪いか」と顔を背けた。


ああ、これは、

愛想じゃなくて、愛かも。


そう考えた瞬間、浮いていた傘がふたりの間にすとんとおさまった。水滴を払いつつ「悪くないよ」と返す。真新しい水滴が、土方の黒い上着の肩を滑ってゆくのが見えた。おもわず鼻の頭を掻く。雨に打たれた頬は相変わらず青白かったが、鼻には微かな赤みが差してきていた。もう大丈夫。土方がいるから大丈夫。大丈夫。よいしょ、と立ち上がると、曇天がやけに近くなった。土方が億劫そうに微笑する。それを皮切りに、雨脚が一段と強くなった。

2005-1-27