へだたり

 「わり、ゴム破れてた」
布団の上に体を起こすと、左右の耳の下から流れてきた汗が顎でつながった。裸であぐらをかいて背中を丸めた。布団からすこし離れて、床に直接並べてあるコーラの缶と、ビールの缶。どっちもぜんぶ、飲んでしまって空だった。
土方は何も言わない。うつぶせのまま、目を閉じている。セックスの間も土方はあまり目を開かない。ぎゅっと目を閉じたときに見える、二進法の世界に入り込んだような闇が土方は結構すきだった。銀時はそれを知らないけれど、別に言う必要もないと土方はおもっている。
「風呂で洗うから別にいい」
横を向いた土方の口が動く。なんだ。怒んないのか、と銀時はおもって、自分の汗を吸ったタオルを土方の裸の腰にかぶせる。
「湿ってるじゃねえか。汚ねーな」
これは怒るのかー、とおもいながら、
「だっておめーも汗だくだし。拭けよ」
背骨のくぼんだところをタオル越しに親指でなでる。セックスは終わっているとお互いに認識しているから、もうくぼんだところをきゅーっとしても土方は反応しない。目も細く開けて、土方は十進法の世界を見ている。
ゴムが破れたって、俺の精子は土方のどこにも届かないのだ。
「不毛…」
脳の一部を使って口で囁きながらも、銀時のその他大部分はそれでいいとおもっている。もうずいぶん前から不毛な世界に住んでいるのだから。冬の空気のように、銀時は自分の意志で明るくも暗くもない別の場所にいる。自分の精子が誰かのどこかに届いて、何かが生まれることがあるという前提は、その世界には一片もなかった。
タオルの上に置いた手の温度が、タオルを媒介にして土方に伝わるくらいの時間、ふたりは沈黙していた。まるで自分が温かさが伝わると話す人形であるかのようなタイミングで、土方は
「おまえの子はやっぱり銀髪かな」
と言った。銀時は目をぱちぱちさせて驚いた。
土方の中には、俺の精子が誰かのどこかに届いて、何かが生まれることがあるという可能性が存在している。しかもその誰かは自分ではないということが、彼の中ではっきりされている、とは。
銀時の知らないところで、土方は十進法の世界を見ている。ただ可能性が存在しているのではなくて、土方はそう信じてくれているのかもしれない。そうだとしたら、感謝だ。そう信じていることは俺と同じくらい不毛だけれど、とても感謝だ。
「ありがと」
と銀時は言う。話がぜんぜんつながらないから、土方は不思議そうな顔をしている。話がつながらないのはいつものことだから、彼が不思議そうな顔をするのも、いつものことだ。でもそれで、ふたりは満足しているのである。

2008-9-25