薺の骸

吹きすさぶ強風に覆われた銀時の背中を見た。長い長い戦の中で、ぼろぼろになってすり切れた白い装束。汚れてさえも清廉な魄を放つ白い背中に、あいつは本当に生きているのだろうか、という一抹の不吉な疑問を覚え、桂は足早に彼の背中へ近づき始めた。真新しい盛り土の前にしゃがんで手を合わせる銀時は、桂に気づいているのかいないのか、やはり手を合わせ続けている。銀時の肩が呼吸によって震えているのを見て、桂は ほ、と笠を被りなおした。

戦場には美しい花などなかったのだろう、同志の眠る土の上には、白い薺が と、と置かれていた。目に見えて減ってゆく同志たち。彼らの行方など知れている。死。永遠の輪廻の裏側へ回ってしまった彼ら。たとえ彼らとの間にどんな絆があったにせよ、所詮それは「こちら側」だけのもの。死が二人をわかつまで、とはよく言ったもので、死という門の前にはどんな繋がりも断ち切られてしまうということは、痛いほど分かっていた。明日の総攻撃をひかえる身には、それは重すぎることだと皆が知っている。それでも征かなければならないことも。

「あした…」

唐突に銀時が口を開く。風が一刻哭くのを止めて、桂と銀時だけが残る。言葉は続かなかった。声は白い文字になって、盛り土の上にはたりと落ちた。遠くのほうで、敵か味方か知れぬ銃声が響いた。だああん、と地面が揺れる。

「銀時、お前は淋しがり屋だろう」

隣にしゃがんで薺を供える。戦場の焼け野原では、桂もやはりこの健気な花しか見つけられなかったのだ。手を合わせ、だから、と笠の縁を持ち上げた。

「俺はお前より先に死にはせぬよ」

突風。薺の花が二本、あおられて舞い、飛んでゆく。あの可憐な白い花たちは、果たして幸せだったのだろうか、と、桂はおもった。

2005-11-12